ファーザーの言葉が胸に沁みる展開。
【定まった未来】
なるほどね。
クルーガー氏の口から後にグリシャが息子に伝えるはずの言葉が出てきたのは、彼がこの時、グリシャ(の記憶の欠片)を見ていたからだったのか。
その直前の「そうとは限らん。誰かが後から見ているかもしれない」という台詞も、後世だけではなく、過去の進撃の巨人の継承者が見る可能性も含めていたのかもしれない。
さて、私は当初、この展開に失望していた。
未来のエレンが干渉した事でグリシャがレイス家抹殺を決行したのであれば、「エレンがジークと共に過去の記憶を辿る」という出来事は最初から決まっていることになる。
つまり、未来は常に一本道であり、全ての歴史はあらかじめ確定している事を意味する。
いわゆる決定論というやつだ。
私はこういった世界観が嫌いだ。
既に未来が決まっているのなら、エレン達がどうあがこうとも、エルディア人が救われるかどうかの結果は最初から確定している訳である。
虚しいではないか。
仮にエレンがそう考えて全てを投げ出そうとも、それすらもあらかじめ歴史に織り込まれているとなれば、もう何にも意義が感じられなくなってしまう。
【未来は不確定?】
しかし、この件について考えているうちに、徐々に疑問を抱くようになった。
本当に未来は決まっているのだろうか?
実のところ、未来が確定していると断言できるような情報はまだ無いのだ。
グリシャは未来があらかじめ決まっているのだと思っていたようだが、それも別に根拠が提示されたわけではない。
進撃の巨人の継承者達が見ているのはあくまでも「あり得る未来の一つ」の記憶でしかない可能性はあるだろう。
覗き見た通りの出来事が実現したことで、グリシャが「未来は決まっているのだ」と思い込んだだけとも考えられる。
実際、グリシャの記憶を通して「恐ろしい未来」を見たエレンは、それが回避されて平和的な解決が行われることに期待を寄せていた。
また、ヒストリアに、なるべく多くの子を産ませるという条件を聞いた時に本気で驚き、抵抗していたことから、この時点ではまだジークの目的を詳しく知らなかったと思われる。
それほど多くの情報をグリシャの記憶から得ていた訳でもないのだ(安楽死計画についても、グリシャはエレンの記憶から知っていたようだった、エレンはそのグリシャの記憶からは読み取れなかったことになる)。
そもそも、今回のグリシャからしてジークに「エレンを止める」という『未来の改変』を頼んでいるのである。
これらの事から、進撃の巨人の継承者達も、未来は確定的であるという確信(ないし体感)は持っていないことが解るだろう。
「座標を通してエレンとジークが過去のグリシャの元を訪れた結果、グリシャはレイス家を皆殺しにしたのだから、進撃の巨人の特性とは関係なく未来はあらかじめ決まっていることになるのではないか?」と思われた読者もいるかもしれない。
しかし、今回の一連の出来事は進撃の巨人の特性こそが引き起こしたと考えられる。
ジークの言動を見る限り、始祖の巨人の力によって可能なのは、あくまでも「過去に行ってその出来事を子細に見る事」だけなのだろう。
本来、過去に干渉する力など無いのだ。
つまり、今回の一連の出来事は、過去に行ったエレンがグリシャに直接語り掛けたのではなく、「過去に行ってグリシャに語り掛けるというエレンの記憶を、グリシャが見た」のだと解釈できる。
その視点で読み返してみれば、グリシャとエレンやジークの間に「会話」は成立していないことが解るだろう。
どちらも一方的に話しかけているだけだ。
そう、ジークの姿を見たのも、実際には直接姿を目にしたのではなく、「ジークのことが見えるエレンの記憶を通して、そこにジークがいるのを見た」わけである(つまり、「そこにいるんだろ? ジーク」の時点では、状況的にまだジークが見ていると推測しているだけで、未来の映像を見ていたわけではなかった)。
【ジークの誤解】
グリシャの「エレンを……止めてくれ」という言葉を聞いたジークは、父親がエレンに従って『使命』を果たしたことを後悔し、ジークの安楽死計画の成就を望むようになったと解釈した。
しかし、これはジークの早とちりでしか無いだろう。
これは彼も冷静になって考えればすぐに解っただろうが、何を隠そうグリシャはこの後、エレンに始祖の力を託しているのである。
しかも、単純に「そうなる未来はもう決まっているから……」などという消極的な動機からではない。
明確に母親の仇を討ち、みんなを救うために力を支配するよう指示している。
また、シャーディス教官に向けた言葉からも未だ衰えぬ強い意志と、エレンに託す決意が伺える。
少なくともグリシャは安楽死計画などという「ふざけた計画」に同意したつもりなどさらさら無いだろう。
では、グリシャはどういう意図で「エレンを止めてくれ」と言ったのか。
それはおそらく、彼が見てしまった『恐ろしいこと』をエレンが引き起こすことを指していたと考えられる。
もう一つ、エレンがグリシャに都合の良い記憶を見せて、彼の行動を操ったというのも単なる誤解だ。
今回、エレンがグリシャに「語りかける」ことが出来たのは、あくまでも王族であるジークと接触し、過去に誘われたからでしかない。
また、冒頭で書いたように、かつての進撃の巨人の継承者であるクルーガーの言動を見ても、通常、未来の記憶は詳細に見られる訳ではなく、ごく稀に断片的な記憶が流れてくるだけで(要するに、巨人同士や王族と接触した時に過去の映像が流れて来るのと同様の形)、自由自在に記憶が見られる訳ではない。
そもそも、進撃の巨人の特性はあくまでも「未来の継承者の記憶を覗き見られる」ものであり、「過去の継承者に自身の記憶を見せる」ものではない。
始祖の力と関係した行為である事が今回の一連の出来事の「エレンの記憶」をグリシャに見せたことに影響していそうだが、それはエレンが狙ってやったわけではないことは明らかである。
【エレンの未来とは?】
では、グリシャが見た「恐ろしいこと」、そのグリシャを通してエレンが見た(ややこしい!)「あの景色」。これは一体どういう未来だったのだろうか。
そのヒントになりそうなのが、エレンがライナーに漏らしたこの言葉だ。
エレンがこのような考えに囚われてしまった原因こそが、「あの景色」にあるのではなかろうか。
「敵を駆逐する」。この言葉から連想できる恐ろしい景色とはなにか?
そう、言うまでもなく大量虐殺である。
エルディア王国やジークは「限定的な『地鳴らし』の発動」により、各国を脅迫する事を想定していた。
しかし、エレンはそこから更に踏み込んだ、世界各国の本土において『地鳴らし』を使用する事を企図しているわけだ。
確かに、集結した軍だけを攻撃しても、科学技術の格差は厳然として残り続ける。
一体、何が開発されて地鳴らしの脅威が無効化されるか分かったものではない。
だからこそエレンは、諸国を徹底的に叩き、その培われた技術、生産力、そして人的資源すらも粉々に破壊し尽くそうとしているわけである。
その上で、『エレン・レクイエム』を行い、その大罪を背負ってエルディア王国に断罪される。
エルディア王国は各国に対して優位に立ち、その上で技術の遅れを悠々と取り戻しながら、エレンやイェーガー派に負の歴史の全ての責任を取らせて、「良いエルディア人」として交流を模索していくことができる。
エレンがここまで振り切れた理由の一つは、大虐殺を引き起こす未来の映像を見たが為に、「所詮、自分はこういう人間なんだ」という諦めに精神が傾いてしまったというのもあるのだろう。
【希望】
そこで重要になってくるのがアルミンやヒストリア、そして仲間達の存在である。
私は上記のように、未来は変えられると推測した。
その未来を変える鍵となるのが、仲間達なのではないか。
正直なところ、私はここ最近、彼らの存在意義を疑っていた。
エレンの手によってエルディア王国存続への道が開かれるのなら、仲間達にはもう大した役割は残されていないじゃないか、と。
だから、今回の話を読んで納得するものがあった。
未来は変わらないという諦念を抱えて大量虐殺の道へと進もうとしているエレンを引き留め、説得し、グリシャが見た未来を変えること。
これこそがアルミンやミカサ達に与えられた役目だったわけだ。
そういう意味では、仲間達の存在こそがこの作品の希望となるのだろう。
【エレヒスへの勘違い】
さて、前回の感想記事のコメント欄に、台風という方から下記のようなコメントを頂いた。
121話を見てエレヒスどう思いますか
ヒストリアの大好きだったフリーダお姉ちゃんを始め一族を虐殺させたのがエレン本人とは!
その記憶を見たエレンがヒストリアと何食わぬ顔で子供作る可能性ありますか??エレンが生粋のサイコ野郎じゃなきゃ無さそう
もしエレンの子だとしたらその真相を知ったヒストリアは…?
はっきり言ってエレヒス爆破でしょう
お疲れ様でした
しかし、これは全くの見当違いであると言える。
何となれば、ヒストリアは17巻の時点で既にグリシャがフリーダやレイス家の幼子達を殺したことを「人類を救うためだった」と理解し、受け入れているのだ。
それがエレンだったとしても同じ事だ。
また、「何食わぬ顔」というのも考え難い。
お腹の子の父親の話は別としても、ここまで来ればどんな形であれ、ヒストリアはエレンから自身の計画を伝えられている事はほぼ間違いない。
となれば当然、エレンはレイス家に起きた惨事が自身によるものだった、と彼女に告白していることだろう。
そして、そんなエレンの懺悔をヒストリアは当然許し、受け入れる。かつてエレンの父を許したように。
むしろ、この罪の共有こそが、二人の関係をより親密にしていったとも言えそうだ。