芥見先生は田舎叩きを冷ややかな目で見ているのでは? という話。
第77話の感想はこちら。
【地方の衰退】
さて、今週登場した産土神信仰について、Twitter上でカサ子さんによる↓のような考察を拝読した。
今週の呪術しんどいので産土神信仰について喋るね
— カサ子か…? (@asutalt) 2019年9月30日
人が産まれた土地で人を守るために存在する神さまが産土神でござる よく氏神と同一視されるけどものすごく簡単に言うと氏神は「一族」の守り神、産土神は「土地」の守り神…って感じ(解釈が多様なのでここらへんは一概には言えないけど)
時間が経つにつれて産土神信仰に氏神信仰が吸収されてることが多い だからぶっちゃけ現代ではゴチャゴチャです
— カサ子か…? (@asutalt) 2019年9月30日
子どもが産まれてお宮参りとかすると思うんだけど、あれは産土神さまへの「産まれたよ!」っていう報告会的なものだよ そんで産土神が「よっしゃオッケー守ったる👍」ってなる
でも産土神は元は土地の神…って考えると、今週の呪術において祓われるべき産土神ってのは土地が荒廃して守るべき人間たちがいなくなった神さまってことなのかな?って気がする
— カサ子か…? (@asutalt) 2019年9月30日
本来信仰を失った神は消えるだけだけどおそらく悪意ある信仰に晒されたりして呪霊化しちゃったのかな?という…
守ってもらえるはずの神さまに殺された灰原くんのこと考えるとエグすぎて吐きそう…………こんなことって…こんな………こんなことって………
— カサ子か…? (@asutalt) 2019年9月30日
なるほど、これは実に納得できる。
土地神と言われていることからも、長年に渡りその地で生まれてくる人々を守ってきた神であったろうに、それが急に討滅対象になった(しかも、協会からまともに把握すらされていない)原因としては、仰る通り土地の荒廃が最もしっくりくるだろう。
この呪術廻戦の世界でも都市部へ投資と人口が集中し、地方は衰退していっているのだろう。
昔ながらの地域共同体は失われ、過疎化した地域が増えていく。
そんな状況になっているに違いない。
【なぜ産土神信仰なのか?】
ではなぜ、芥見先生は灰原を殺害した呪霊として、わざわざ土地神を選んだのだろうか?
この場合、別にどんな呪霊だろうと問題は無いし、むしろ具体的な呪いの種類を明かす必要すらない。
ただ、「1級案件だった」という情報だけ明かせば良い場面であるにも関わらず、短い尺にわざわざ産土神信仰という内容を盛り込んできた。
そこには何か特別な意図があると考えるのが自然だろう。
そして、それは、灰原の死を嘆く場面の直後で明らかとなる。
【クソ田舎】
思い込みから幼い子供を殴り、監禁する山奥の村人達。
幼子たち(美々子と菜々子)も村人に呪術を使って危害を加えていたようだが、台詞から考えるとこれは親の世代から村八分となり、迫害されていたのが原因だろうと想像できる。
何の罪もない少女を「自分には無い力を持っている」という理由だけで虐げる、悪鬼の如き田舎者たち。
「殺されて当然」とは言わないまでも、こういう人間は現代社会に存在すべきではない。
自業自得ではあるし、夏油が退治してくれて多少の爽快感があった。
そんな風に感じた読者も中にはいたのではないだろうか?
ここで思い出すべきなのが、上記の産土神信仰である。
【警告】
読者の皆さんももうお解りであろう。
芥見先生が敢えて灰原の死の原因に土地神を選んだのは、この「田舎叩き」に対する警告なのだ。
我が国は数十年に渡って「閉鎖的な共同体」をバッシングし続けた。
なるほど、それは一見すると正しい行いに見えたことだろう。
都市部の教養人が、無教養で、狭量な田舎者と、彼らがしがみつく非合理的な「伝統」から人々を解放する。
地域共同体の同調圧力、窮屈な人間関係、厄介な老人、男尊女卑。
「田舎」から自由になった人々は愚かなしがらみに囚われることもなく、真に人間として生きられるようになったのだ。
その結果が、今の日本社会の惨状である。
荒れ果てた森林、寄る辺なき育児、孤独死していく老人達、かつて「能力の無い人間の救済」となっていた中間団体での仕事。
そして、大きくは領土を失う危機。
過剰な田舎バッシング、「既得権益」の破壊、ラディカルな「改革」は我々に自由などもたらさなかった。
運んできたのはそう、破滅だ。
芥見先生はその事実を、冷静に見つめているのである。
【逆転】
私も芥見先生には一杯食わされてきた。
外村先生に楽巌寺学長。
まんまと騙された「愚か者」は私以外にも多いことだろう。
クソ教師、クソ老人、そしてクソ田舎。
「世間的にバッシングされやすいモノ」を、「読者がバッシングしやすい描写」でお出しして、最後には梯子を外す。
この逆転劇こそ芥見先生の十八番なのだということが、最近ようやく掴めてきたばかりだ。
最初は「わかり易い価値観」に擦り寄るようなフリをして、読者がそれを信じ込んだ途端、急に突き放す。
人の心を翻弄する、恐ろしい芸当と言えよう。
【これからが本当の地獄だ……】
今回はまだ「産土神信仰と灰原の死」という一種の象徴的な出来事によって、「解る人間には解る」という構造で匂わされたに過ぎない。
しかしながら、外村先生や楽巌寺学長の時のように、「一方的な田舎バッシングがいかに浅薄か」という事が直接的に突き付けられる時が必ず来る。
そして、その罠の発動は恐らく、本編における田舎叩きの代表格とも言える、釘崎野薔薇と「沙織ちゃん」のエピソードにて行われることだろう。
野薔薇のこの一方的な田舎への憎しみが、芥見先生の本意であると信じる理由はもはやどこにも無い。
もし万が一、まだ芥見先生が田舎を叩いてはい終わり、という薄っぺらな漫画家だと信じている読者がいるとしたら……今のうちに『覚悟』を決めておく事をお勧めする。
手痛いカウンターが直撃する、その覚悟を。