人形遣い。
※以下、ネタバレ注意
【造られた人格】
まず前提として、私は呪術高専東京校学長である夜蛾 正道こそが、遺体から呪骸に作り替えた夏油を操り、宿儺にまつわる事件を裏から操っている黒幕だと考えている。
そして、第64話を読み、虎杖もまた、夜蛾の作った人形なのではないかと思うに至った。
64話にて虎杖は、クラスメイトが小沢優子を「デブじゃん」と評したことに対して、「そう?」と返している。
例えばこれが「関係無いだろ」といった反応ならば理解できる。
しかし、デブという人物評に対して、「そう?」という返答は明らかにおかしい。
つまり、虎杖は人間の体型をはっきりとは認識していない、あるいは無頓着だということになるのである。
「虎杖はジェニファー・ローレンや『尻と身長のデカい女の子』が好みだと言っているのだから、人の体型に無頓着なはずがない」と思われた読者もいることだろう。
だが、64話をよく思い返してほしい。
現在の小沢優子は15cmも背が伸びて、更にはかつての名残でお尻もデカいままだと考えられる。
にも関わらず、虎杖は小沢優子の変化に対して全くの無反応だったのだ。
これが何を意味するか?
即ち、虎杖の女の好みは全くのデタラメであり、実際には彼は「尻と身長がデカい女」を見ても、何の性的魅力も感じはしないのである。
これはおそらく、夜蛾に作られた時点で刷り込まれた「設定」なのだろう。
虎杖自身はその「設定」に従い、自分は「ジェニファー・ローレンスのような女が好み」だと思い込んでいるのだ。
【造られた親友】
では、夜蛾はなぜ、虎杖にこのような設定を与えたのか。
単に人間としてのリアリティを増すためとも考えられるが、ここに一つ無視できない「偶然」が存在する。
そう、言うまでもなく、東堂と虎杖の女の好みが一致していることである。
何が言いたいかもうお分かりだろう。
つまり、虎杖の女の好みの設定は、最初から「東堂に気に入られること」を目的として用意されたのではなかろうか。
彼は誰にでも女の好みの話を吹っ掛けるから、当然、夜蛾も東堂の好みを把握していたことだろう。
1級術師(虎杖製造時にはまだ1級ではなかったにしろ、既に素質は明らかであったはず)である東堂に目をかけられれば、昇級への推薦等、いくつかの特典が得られる。
虎杖と宿儺の指との接触の機会を多く作る為に打たれた計略の一つだったというわけだ。
さて、上記の視点で1話を読み直すと、あまりにも不自然な事が多すぎることに気が付くはずだ。
【百葉箱て】
そもそも、宿儺の指が百葉箱に保管されていること自体がまずおかしい。
伏黒が指の回収に派遣されたということは、指の在処を呪術協会も把握していたことになるが、他の協会保有の指は忌庫で厳重に守られていたのに、なぜ1本だけ外部で雑に保管されていたのか。
単なる無能では済まされない。
明らかな作為が感じられるではないか。
この宿儺の指は、最初から虎杖が食う状況を作り出す為にそこに設置されていたのだろう。
宿儺の指を「拾ってきた」のは虎杖自身なわけだが、わざわざ百葉箱を開けて、中のモノを「拾ってくる」など、不自然にもほどがある。
虎杖は、夜蛾の操作を受けて宿儺の指をオカ研へと持ち込んだわけだ。
そうなると、百葉箱に宿儺の指が置かれていたという記録自体が改竄されたもので、本来は高専に保管されていたものを、夜蛾(の一派)が虎杖に直接渡した可能性すらある。
その場合、虎杖が部活動にオカルト研究会を選んだことも、夜蛾によって操作された行動なのかもしれない。
宿儺の指を取り扱っても不自然ではない部活に入るように刷り込まれていた、と。
【異常な身体能力】
これも何となく受け入れていたけど、どう考えてもおかしいんだよね。
天与呪縛によって常人以上の肉体を持ち、特級呪霊の打撃すら受け止める禪院真希すら上回り、投げた鉄球がゴールポストにめり込む程の身体能力。
いくら何でも異常だ。
これこそがまさに虎杖が呪骸であることの証左ではないか。
最初から筋力を強化されて作られた、強化人間(というか呪骸)だと考えれば全てに筋が通る。
【虎杖の祖父】
悠仁の親代わりだった祖父ちゃん。
だが、虎杖が呪骸だとすれば、実際にはこの老人は悠仁の祖父ではなかったことになる。
それを裏付けるのが「俺みたいにはなるなよ」という老人の遺言である。
まるで孤独の中で亡くなったかのような祖父の言葉だが、所帯を持ち(仮に実子に何かしらの不幸があったとしても)、実の孫を親代わりとして育ててきた人生が、寂寥としていると言えるだろうか?
少なくとも、わざわざ死の間際になって、孫に対して自身の孤独を訴える空虚とはそぐわない。
そう。
本当は虎杖老人に子供や孫はいないのである。
そんな孤独な生涯を送ってきたからこそ、虎杖に対して卑下するような遺言を向けた。
宿儺の器となるべき呪骸の「生い立ち」を捏造する一環として、天涯孤独の身であった虎杖老人を唆し、呪骸を孫として同居させた訳だ。
独りぼっちで生き、独りぼっちで死ぬだけだった虎杖老人に、その誘惑を拒む術は無かった。
【入学試験】
さて。
虎杖の製造者であるはずの夜蛾は、虎杖の呪術高専入学に際して「試験」を行った。
これはもちろん、五条先生に対するパフォーマンスでもあったのだろうが、あるいは、虎杖の自我の強化を目的とした儀式だったのではないだろうか。
五条先生によれば、宿儺を受け入れるには肉体の強靭さだけではなく、精神の強さも必要らしい。
宿儺を受け入れるに足る精神的な基盤をより強靭化する為に、「祖父の遺言」の呪詛で強制するだけでなく、宿儺の指を探すのは「確固たる己の意志」だと思い込ませた。
また、虎杖が「自分の意志」を持っているかのように振る舞えば、彼が呪骸だと疑われにくくもなる。
あの「試験」を行う事で、一石二鳥の効果が得られたわけだ。
【夏油】
これまで私は、ニセ夏油と夜蛾学長は(最終目的は別として)特級呪霊グループと同様に、宿儺の「縛り」を強化し、最終的に肉体の主導権を宿儺に渡すつもりだと考えていた。
だが、もし虎杖が夜蛾の作った呪骸だとすれば、虎杖の方に宿儺の力を完全に制御させることこそを狙っているのかもしれない。
そして、宿儺の力を手にした虎杖を、自身の傀儡にする。
呪術全盛の時代の呪術師達が総力を挙げても敵わない程の『最強の人型兵器』が夜蛾の手に入ることになるわけだ。
そこまで考えてふと思った。
「呪霊を身に宿し、それを使役する」。
そんな呪術師がいたことに。
言うまでも無くホンモノの夏油である。
もしかしたら、虎杖製造には、生前の夏油も一枚噛んでいたのかもしれない。
と、言うよりも、宿儺の器こそが夏油による「呪術師の為の社会を作る」という計画の本命だったのではなかろうか。
考えてみればおかしな話だ。
乙骨と折本里香が出現したのは、夏油にとって全く予期しない出来事だったはずである。
では、彼らが現れるまで夏油は、計画のために何の準備もしていなかったのだろうか?
そんなはずがない。
そう、つまり、夏油の当初の予定では虎杖悠仁に宿儺の力を制御させ、それを使って世界征服を始めるつもりだったのだろう。
だが、そんな中で乙骨と里香の情報が手に入った。
里香さえ手に入れてしまえば、チマチマと虎杖に宿儺の指を集めて食べさせるなどという手間をかける必要もない。
いや、仮に宿儺の器計画を継続するにしても、里香の力があれば協会の目を逃れてこそこそと動く必要も無く、指の回収も楽になる。
夏油の目論見としてはそんな所だろう。
もっとも、【呪術廻戦】ホンモノの夏油傑は既に死んでいる説 でも書いたように、ニセ夏油と夜蛾がホンモノの夏油と志を一つにしていたとは思えない。
ニセ夏油達は明らかに呪術師の命を軽視しており、夏油の思想とは全く相容れないからだ。
夜蛾には夏油とは別の目的があるのだろう。
夏油を騙して利用していたのか、最終目的が異なることをお互い分かった上で協力していたのかまでは解らないが。
【伏黒】
ここまで来ると、宿儺の指の回収任務に伏黒を宛てたのも夜蛾の意向だったのかもしれない。
彼が善人を助ける事に強い執着を持っていることは、夜蛾も把握しているはずだ。
虎杖に設定した「善良な人格」を見れば、伏黒ならば虎杖の助命を嘆願するであろうということは容易に推測できる。
もちろん、五条が宿儺の器を気に入って上層部に圧力をかけ、死刑猶予を強引に認めさせることが本命だったのだろうし、それだけでも十分ではあるのだが、念には念を入れてあらゆる駒を用意する辺りに、夜蛾の用心深さが窺える。
【地獄の傀儡師】
虎杖やニセ夏油を操り、特級呪霊達を利用し、東堂も、東京校の1年も、五条悟や上層部ですら自身の書いた脚本通りに動かしていく。
単なる呪骸使いには留まらない。
逆転検事2の黒幕にすら匹敵する程のゲームをアヤツル傀儡師、夜蛾正道。
実直な印象とは裏腹に、他者を支配する力に長けた恐るべき男と言えるだろう。