ネオ天草のジャンプ感想日記

ジャンプ感想を主に書いています。

映画『トラペジム』感想

 まず、総評を言うと、光るところはあるけれども、90分の映画の「器」に見合っていない内容。

夏井いつき先生が「プレバト!!」8年間で生まれた俳句の中から優秀句ベスト50を発表!(ザテレビジョン)

 

※以下、ネタバレ注意

【ツイッターで話題】

 私がこの映画を見に行ったきっかけは、ツイッターで褒め称える人を多く見たからだった。
 とはいえ、その時点で私はこの映画に対して、ほとんど期待はしていない。

 「世間では評価されていないのに、ツイッターの一部の人間だけがやたらと讃えている作品」は、結局のところ「全然面白くない」か「そこそこ面白いが、絶賛してた人間が大袈裟なだけ」というものが大半だからだ。

 故に、トラペジムに関してもその類だと覚悟して鑑賞したわけであるが、この作品に関しては、上記に当てはまらない映画ではあった。

 『粗削りながらも、見るべきところがある』が、評価としては一番相応しいだろう。

 

【粗削り】

 この映画はまず冒頭から酷い。

 東ゆうがお嬢様学園に乗り込んだ際に制服を嘲笑するお嬢様学生や、テニス部にスパイと間違われて練習試合を強要される流れなど、あまりにもいい加減で思わず頭を抱えてしまった。

 無論これは、トラぺジウムという作品のキャラクターの非現実性を強調するためだったのだろうが、あまりにも手癖で書いたようなモブ描写にはうんざりしてしまう。

 おそらく、配信での視聴であれば、この時点で見るのを止めていることだろう。
 映画館でトラペジウムを見てよかったことの一つだ。

 

【ダイジェスト】

 トラぺジウムという映画がツイッター以外で評価されない最大の理由がここにある。
 あまりにもダイジェスト過ぎるのだ。

 制作陣の意図としては、「アイドルになってからのアレコレ」こそが描きたい部分であるのは解るのだが、その前提として組まれた仲良し四人組の「結成秘話」が短すぎて全く説得力が無い

 本来ここは四人の出会いと、アイドルになるまでの道筋を描いてこそ、視聴者が感情移入できるはずだ。

 しかしながら、今作は東ゆうと3人の絆が深まるまでの経緯が極力省略されている
 これでは到底、視聴者は共感できない。

 

【尺に合わない】

 今作の独自性は、「主人公の東ゆうがアイドルグループのメンバーを、本人達には秘密のまま集める」という部分にある。
 だが、原作者や映画スタッフが本当に描きたいのは『アイドルになってから』の話なのが如実に伝わってくる。

 ここがトラぺジウムの最大の不幸と言えるだろう。
 本当に描きたいのはアイドルになってからの展開ではあるが、西南北を東ゆうが集める部分がなければ、トラぺジウム最大の『売り』が失われてしまう

 そこに上手い落としどころを見つけられなかった結果、こんなにダイジェスト風味で味気の無い映画になってしまったのだろう。

 もし、トラぺジウムが1クール12話のアニメとして作られていれば、文句無しの大傑作として名を残したであろうことを思うと非常に惜しい。

 いや、今からでも遅くはない。
 この映画版トラぺジウムの結果を受け、商業的には失敗でも、ネットで話題になっていることを評価してテレビアニメとしての企画が持ち上がってくれないだろうか。

 

【公式とファンへの苦言】

 これは、トラぺジウムの公式と、今作を評価しているツイッター民に対する苦言である。

 トラぺジウムの公開初期に東ゆうを「サイコパス」と評した感想がバズって、今ではそのバズ狙いの過剰な感想が叩かれているらしい。

 しかしながら、現在トラペジウムの公式や、トラペジウムを讃えている人間の中でも、『東ゆうがアイドルの素晴らしさを語る』カットの一部を使って宣伝する人間がいる。

画像
 これは「東ゆうはサイコパス」と言ってバズってた人間と同じ穴の貉でしかないだろう。

 あの場面の東ゆうの表情は一瞬のものであり、その後はすぐに仲間と自分の理想に苦悩する表情へと変わった。

 その経過の表情を使って東ゆうの「異常性」を強調するやり方は、「東ゆうサイコパス説」の感想を書いていた人間と何ら変わらない。

 大好きなのにヒットできてない作品を宣伝したい気持ちは解るが、こういう安易な手法に手を出してしまったら、人間として終わりだということは、きちんと理解しておくべきだ。

 

【障害者】

 いや、解る。解るよ。
 メンバーと主人公の「ズレ」の象徴なんですよね。

 それでもって、ズレてはいるものの、自分の計画を台無しにされた後も東ゆうは、車いすの子供が射的で商品ゲットした際に笑みを浮かべるなど、本当にただの嫌な奴ではないし、彼女の為にもアイドルになろうとした。

 解る。解るんですど、それにしても、扱いが雑じゃない?

 障害者の子供、特に「アイドルに憧れるも自身の障害からそれを諦め、主人公に託す」なんてキャラクターを出したからには、もうちょっと終盤まで重要な役割を与えないと絶対ダメよ。

 こんなもん、「東ゆうとメンバーの意識のズレを効果的に表現する為の道具として障害者の子供を使った」としか思えないですからね(実際、そうなんでしょうけど)。

 舞台装置として障害者の子供を二回も使ったのは良くなかったと思います。
 反則というか、卑しいやり口よ、それは。

 

【その他】

・途中までは「アイドル志望者の普通人が周囲を巻き込んでアイドルを目指すも、人気が出ずに挫折する」映画だと思っていた。

・故に「ショッピングモールに営業に行くもほぼ客がいない」状況で一波乱あると身構えてたのに、そこが青春の一コマとして流されていて驚いた。
・今作が描きたかったのは「売れそうになったアイドルグループの苦悩」ですからね。

・このあたり、さすがトップアイドルが書いた小説が原作である。

・悪い意味で話題になってた原作者が声をやってるジジイは本当に一言なので特に気にならず。
・ウッチャンの安心感に全て包まれたや。

・むしろ、「トラペジウムの悪いところ」をジジイの声だと言ってた人がいるけど、絶対に違うよ。
・もっと遥かに悪いところがあった。

・テレビに出た直後と事務所を辞めた直後だけ絡んでくる何の意味も無い雑な嫌なクラスメイトを出す辺りが、今作のダメな部分の一つ。

・え……亀井さん、中学にあがって「顔も変えた」って言った……?
・中学生で整形してたんだ……そうか……。

・東ゆうはノートに「整形?←全然良い」と書いてたけど、アイドルデビューするより遥か依然の整形なら中々見つかりにくいし、たしかにアリなのかも。

・と、言いたいところですが、さすがに重すぎるよ。
・最終盤の亀井さんと東ゆうとの感動の和解のシーンなのに、亀井さんの整形のことばっか気になって内容が入ってこなかったわ。

・「無駄に重い設定を軽くぶっ込むな」もトラペジウムの教訓の一つやね。

・お嬢様学校で通りすがりのお嬢様の凝視した挙句、ガッカリした表情で視線を逸らす東ゆう、最低すぎる。