ネオ天草のジャンプ感想日記

ジャンプ感想を主に書いています。

珠世さんに巣食う鬼心について【鬼滅の刃 第197話】

 鬼舞辻無惨を嬲る役割として珠世さんが必要だったんだな、という話。

  

 しのぶさんと共同で作り上げた薬によって、鬼舞辻さんの肉体を弱体化させることに成功した珠世さん。

 鬼舞辻が見ている幻覚なのか、彼が取り込んだ細胞に残った意識の欠片なのか、はたまた本物の魂そのものなのかは判らないが、珠世は実に嬉し気に鬼舞辻無残を言葉で嬲っていく。

 

 当然だろう。

 彼女の生きたいという願いを曲解し、夫と息子を自らの手で食い殺す羽目になった元凶であり、仇そのものなのである。

 その鬼舞辻がとうとう死へと突き進んでいる姿を見るのは心から痛快なはずだ。

 

 そんな珠世さんの加虐的な表情を見て、私はかつて鬼舞辻と交わしたやり取りを思い出してしまった。

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 自暴自棄になって人々を殺していた時も、きっと彼女は今のような表情で獲物を嘲笑っていたのだろう。

 

 そういう意味で、やはり珠世はしのぶさんとは決定的に違う、どこまでも「鬼」だからこそ、他者の苦しみを喜ぶのかもしれない。

 

 鬼舞辻無惨を追い詰める毒を作った者の中で、鬼舞辻に対してニヤニヤと嘲りながらマウントを取る役割は常に珠世さんなのである。

 それは勿論彼女が取り込まれたからではあるが、吾峠先生がその気ならしのぶさんの霊体を出す事もできたはずだ。

 

 珠世さんはあくまでも、一度は鬼舞辻無惨に魂を売り渡し、無辜の民を大勢殺してきた鬼。

 一方で、しのぶさんは最期まで、姉の言うように鬼に対する哀れみを笑みの形で残そうと尽力した人。

 だからこそ、鬼舞辻を嬲る役割は、一度は「人でなし」となった珠世でしかあり得なかったのだろう。

 

 炭治郎は勿論のこと、鬼殺隊の中に鬼の死そのものを嘲笑う人間はいない。

 しのぶさんの笑顔の裏にあるのは怒りであり、柱合会議で不死川さんが嗤おうとしたのも、あくまでも炭治郎の偽善でしかなかった。

 

 鬼舞辻の手によってほとんどの鬼殺隊隊士が虐殺され、目の前には珠世さんにとっても決して縁浅からぬ炭治郎が生きるか死ぬかの瀬戸際であがいている。

 だが、彼女の目に彼らの姿は映らない。

 ひたすら鬼舞辻無惨を嬲ることに酔いしれ、その快感を楽し気に貪り喰う。

 

 もし、しのぶさんの魂がこの状況を見ていたとしたら、珠世のように笑ったりはしないはずだ。

 

 一度、外道に堕ちてしまったものは、そこから決して逃れることはできない。

 彼女の魂は真っすぐに地獄へと向かい、夫や我が子と再会することもないだろう。

 

 読者の中には生者よりも珠世さんの方が鬼舞辻を追い詰めていると感じて不満を抱いている者もいるようだが、そういった印象を抱いた一因として、彼女が鬼舞辻を勝ち誇って嬲る絵が描かれていることもあると思われる。

 

 しかしながら、数々の非道を繰り返してきた悪役・鬼舞辻無惨への報いとして、彼を言葉でもって精神的に追い込む役割が必要だったのだ。

 そして、その役割を担えるのは、珠代さんほど相応しい人物はいなかった。

 

 薬によって鬼舞辻無惨が弱りだしてからの構図は、一見すると「珠世無双」のように感じた読者もいたのかもしれないが、その実、彼女の決して消える事の無い『鬼』としての一面を冷ややかなまでに浮き彫りにした、何とも残酷な演出だったわけである。

 

 せめて、地獄へと堕ちる際には、愈史郎を通して多少なりとも彼女の魂に救いがあることを、私は切に願っている。